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 私がこの宝石に出会ったのは、私が小学校6年生の時。祖母の形見分けの時だった。

 そのれは、青みがかった緑色で、数個のダイヤの先についていたペンダントと、指輪だった。今までに見たことのない、不思議な色・・・私は一目でその宝石が欲しくてたまらなくなった。

 それに・・・叔母達は、皆、ダイヤやエメラルドやサファイヤにルビーと言った有名な宝石を手にしていて、その宝石には、誰も見向きもしなかった。

 だから、孫の中で一人だけ女の子だった私が、残ったそのペンダントと指輪の宝石を皆の許可をもらって、祖母の形見として分けてもらったのだ。

 

 でも、その宝石は、見れば見るほど、不思議な石だった。

 普段は青みがかった青色の石なのに、ろうそくや電球の明かりの下では、赤紫のような色に鮮やかに変わった。

 父母もそんな小さな変化は全く気にしなかったし、私も日頃はジュエルボックスの中にそれらをしまっていたので、時々その宝石を見ては心がときめいた。そして、勇気も沢山もらった。そう、特別な時に。

 例えば、私は、中学・高校・大学受験の時は、お守りとしてその宝石を制服のポケットにしまってテストを受けたもだった。そうすると、不思議に心が落ち着いて。そのお陰か、私は、いつも一発合格で志望校にいけた。

 会社の面接の時も、同様だった。その宝石は、私にとってお守りみたいな・・・そんな大切なものだった。

 それから、ジュエリーショップで、買い物に行ったときは、その石を探したものだった。でも、沢山ある宝石の中に、この石と同じものは、なかなか見つからなかった。質屋さんにいって聞いてみても、宝石の値段はものすごく安く、土台になっているプラチナの方が値がつくくらいだった。私は、だんだん、この石は、宝石ではなくガラスではないかと思うようになっていった。

 そして、仕事を始めて3年のある日。

 休日にふと、初めて入ったジュエリーショップで、私は、衝撃を受けた。

 そこにあったのは、私の持っている石とよく似た宝石があったのだ。私は、思わず笑みを浮かべてしまた。私の持っている宝石の名前がやっと分るんだと。

 すると、近くにいた男性店員が、声をかけてきた。

 「お客様、気になるお石がございましたでしょうか?」

 店員は、清潔感のある、優しい声だった。

 「ええ・・・あの、この石なんですけれど・・・」

 私が、ガラスケース越しに指をさすと、店員は微笑んだ。

 「アレキサンドライトでございますか?」

 ・・・アレキサンドライト?

 初めて聞く宝石の名前だった。

 「こちらをお出ししましょうか?」

 店員が鍵でケースからその宝石を出そうとすると、私は、はっとした。

 「いえ、あの・・・別に買うわけではなくって・・・ただ、ずっと探していたんです。この石の名前を・・・」

 はにかむように私が言うと、店員さんは、不思議そうに私を見て、

 「よろしかったら、奥のお席でお話を承らせていただけませんか?」

 と、私を奥の方にある席へと誘った。私も、素直に店員さんの後を追って、席に着いた。

 「お茶をどうぞ」

 店員さんは、優しくお茶を私に勧めてくれると、

 「どうして、アレキサンドライトを探されていたのですか?」

 いきなり本題に入ってきた。

 私は、ポケットからネックレスと、指輪を取り出した。そして、祖母の形見である事。でも、この石の名前が分らずに、色々なジュエリーショップに行ったこと。そして、今日その名前を初めて知ったことを店員さんに話した。

 店員さんは、なるほど・・・と、その都度うなずいてくれた。

 「お客様のお祖母様は、よほど目の肥えた方だったんでしょうね。このアレキサンドライトは、ここ数年で大分有名にはなりましたが、まだ一部の方しか知っていない稀石なんですよ。」

 そう言うと、店員さんは、マジマジと石を見つめた。

 「色も申し分ないですし、とてもいい品物かと思います。もともとは、クリソベリルという石に丁度いい配合で青と赤の色が出るようになっている珍しい石で、ロシアの皇太子の誕生日に見つかったことで、アレキサンドライトと呼ばれるようになったんです。」

 私は、石の説明を聞いているうちに、なんだか自分が褒められているような気分になって、とってもうれしくなってきた。

 すると、店員さんは、

 「もしよろしければ、クリーニングいたしましょう。」

 と言ってきた。

 「で、でも。私何かを買うつもりはないんです・・・」

 慌てて、そう言うと、

 「ご安心を、サービスでさせていただきますから。このような素晴らしい品を見せてもらったんです。宝石屋としては、元の綺麗な色合いを出してあげるのも仕事のうちなんです。」

 店員は、そう言うと、トレーに私の宝石達を乗せて、奥の方へと消えていった。

 私は、正直、うれしさ半分、恥ずかしさ半分で席に座っていたが、しばらくすると、店員はすぐに戻ってきた。トレーに乗っていた私の宝石達は・・・

 「これが、本当の色・・・」

 私は、呆然としてしまった。店内が暖かい暖色の照明を使っているせいもあってだろうか・・・その宝石達は、赤紫と言うより、一瞬、ルビーを思わせる魅惑的な色に変貌していた。

 「本当に素晴らしいお石です。大切になさってください。」

 店員さんは、ネックレスを私の胸元に飾り、そして指輪をはめるように勧めた。私は、その美しい輝きに感動してしまった。

 「アレキサンドライト・・・私、一生大切にします。」

 そう言うと、席をたった。

 店員さんも、笑顔でそんな私を出口まで送ってくれた。

 

 祖母の形見のアレキサンドライト・・・名前がわかったので、私はその日家に帰るとパソコンで色々調べていった。すると、この石は、店員さんが言っていたとおり、稀石で、下手なダイヤモンドよりも高価である事。人工的に作られたアレキサンドライトもあるが、つい最近のことなので、私の持っているものは、天然石であること。そして、私の誕生月である6月の石である事・・・

 今まで知らなかった事が、沢山分った。

 そして、やっぱり私にとって、この宝石はお守りだったんだ。私の事をずっとっまもってきてくれたんだ・・・と、改めて祖母に想いをはせた。

 「ありがとう、おばあちゃん・・・」

 私は、大切にネックレスと指輪をジュエリーケースにしまうと、なんとも言えない暖かな気持ちになった。


 あれから4年。

 私は、時々自分のご褒美で、宝石を買うようになった。そして、どの宝石も自分なりに愛着を持つようになった。その後、私にも彼が出来、婚約指輪をもらって、来月には私は結婚する事となった。

 それでも、一番の宝物は、アレキサンドライトだけれど・・・

 でも、あのとき行ったジュエリーショップは、なぜか未だに見つからない。あのときの店員さんに、会いたいのに・・・あって、お礼が言いたいのに。

 宝石の汚れと一緒に、私の疑問を解いてくれてありがとうって・・・

 でも、見つからなくても、あのときの店員さんの優しさが今でも心の中に残っている。私もそんな優しい人間には、なれないけれど、アレキサンドライトを見るたびに、その思いが甦ってくる。

 あの怪しい輝きに導かれて・・・

 

 

 

 

 

 その日、佐々木見和は、失恋をした。

 2年間交際していた彼から別れを告げられたのだ。それも、あっさりとスマホの会話で。

 理由は至極簡単で、

 「お前はいいやつだけれど、恋人だと退屈だから」

と言うことだった。

 見和も彼も20歳代後半。見和としては、そろそろ結婚を意識していた。だから、いろいろ彼に尽くしてきた。でも、その結果が、これだった。

 見和は、いても経ってもいられなくって・・・普段着のまま部屋の外へと飛び出してしまった。

 しかし・・・外に出ても道行く人々が、みんな幸せそうに見えるだけで、余計に自分がみすぼらしく見えて・・・どれほど歩いただろう。

 ふと気がつくと、ジュエリー店の前に居た。

 店のショーウィンドーには、いくつかの宝石達が綺麗にデコレーションされて陳列していた。 

 そういえば、付き合っていた2年間、彼から一度もこういったモノをもらったことは無かった。

 キラキラとライトに輝く、ダイヤモンド、ルビー、エメラルド・・・

 見和は、彼から一度もこういったものは、送られたことも無かった。自分も結婚資金を貯めようと、ジュエリーなんて気にもしなかった。

 「そういえば、みんなキラキラしていたな・・・」

 同僚や高校や大学の同級生・・・彼女たちは、いつもネイルやお化粧、服装だっていつもおしゃれで。もちろんジュエリーも付けていた。結婚して、子どもを持っている子だっていたが、それなりにおしゃれを楽しんでいた。

 でも、ショーウィンドーに映る自分の姿は、誰よりもぱっとしない女・・・

 どうせ、結婚なんてしないんだから!

 見和は、バックのひもをギュッと握りしめると、そのジュエリー店に入っていった。

 「いらっしゃいませ」

 男性店員の声がして、チョットひるんだが、見和は、必死でショーケースを見始めた。

 すると、店員が見和の隣へとやってきて、

 「お客様は、どのようなジュエリーをご希望ですか?」

 と、声をかけてきた。

 生まれて初めての店である。どのようなと言われても、正直困ってしまったが、ふと、目の前にある宝石に目がとまった。

 「あの・・・わたし、11月生まれで。この石は11月の誕生石なんですか?」

 そこには、色とりどりのトパーズが並んでいた。

 「はいお客様。もしよかったら、お手にとって見ますか?」

 店員は、にっこりと笑いかけた。そして、鍵を取り出すと、ショーケースの中から、手頃な値段のトパーズをいくつかとりだしてくれた。指輪に、ネックレス・・・値段は、1万円台から3万円台のものがほとんどだった。

 「いかがですか?気に入ったモノはございますか?」

 店員が、見和に見せる。

 色は、割と青みがかった色が多く、薄いブルーから、濃いブルーと、いろいろあったが、

見和には正直、どれもこれも同じ石に見えた。

 見和は、ドキドキしながら、チョット緊張してこう言った。

 「あの、この石で一番高いモノはどれですか?」

 すると、店員は、そそくさと今まで出していたジュエリーをしまうと、

 「それでは、こちらにどうぞ。」

 と、店の奥の椅子の方へ見和を案内した。そして、椅子に見和を座らせると、

 「しばらくお待ちください」

 そう言って、何やら取り出しているようであった。

 見和は、今までこういう経験が無かったので、少々緊張してしまった。

 少しして、店員が黒いトレーを持って見和の反対側の席に座った。

 「こちらは、当店では最高級のインペリアルトパーズのペンダントと指輪にございます。」

 見和は、一瞬だが不思議に思った。

 「あの、この石、先ほどのトパーズと色が違いませんか?」

 店員が持ってきた石は、蜜がほんのりと赤みをおびた色をしたモノだったから。大きさもさることながら、何よりその石の不思議な色に見和は驚いたのだ。

 「トパーズと言っても、お色は色々ありますが、このインペリアルトパーズは、最高級のダイヤにも匹敵するぐらい稀少なお石でございます。お客様には、お似合いかと思いますが、おつけしてみましょうか?」

 そう言って、店員は席を立つと、ペンダントを見和の首に後ろから付けてくれた。そして、見和は指輪も付けてみた。不思議と、指輪は指にぴったりだった。

 首もとと、左薬指に不思議な輝きを放つ石を付けた時、見和の中で何かがザワザワしていた。

 「とてもよくお似合いでいらっしゃいます。」

 店員は、そっと、見和の前に置き鏡を置く。

 「指輪もネックレスも、全てプラチナ製で、デザインもシンプルです」

 見和は、しばらく、そのまま、鏡に映る自分を見つめていた。そして、彼女は即決した。

 「あの、この二つください。」

  店員は、笑顔でうなずくと、

 「では、お客様、お値段がこれだけになりますが・・・」

 店員は、電卓で値段を提示してきた。金額は、かなりの高額であったが、見和は躊躇をしなかった。

 「キャッシュ使えますか?」

 「はい、大丈夫ですよ」

 見和は、キャッシュカードを財布から取り出すと、店員に渡した。店員もすぐに、処理を済ませると、キャッシュカードを見和に返してきた。そして、サインを求めてきた。

 見和がサインを書いていると、店員は、こうつぶやいた。

 「この宝石は、とても強い力を持つと言われています。パワーストンとしても、きっとお役に立ちますよ。」

 「そうなんですか?・・・私、宝石の事って、全く知らなくって。実は、宝石を買うのは、これが初めてなんです。

 店員も、流石に驚いたように見和を見た。

 「さようでございましたか。」

 「でも、この石を手にしてみたら、なんだか愛着沸いてきて・・・チョット元気が出てきました。」

 不思議なことに、それは、本当のことだった。さっきまで、自分は最低な女だと思っていたのに・・・そんな気分は、どこかへと消えてしまったのだ。この石のお陰かもしれない・・・

 「それは、よかったです。この石は、皇帝の名を冠する石でございます。そうやって身につけておられると、本当に気品にと自信にあふれている感じがします。」

 見和も、そう感じていた。

 「いい石を教えてくださって、ありがとうございます。」

 彼女は、ジュエリーの入れ物を受け取ると、付けたまま店を後にした。

 そして、見和は、行きとは別人のようにウキウキしながら家路に向かっていった。

 

 

 

 

 




 昔、まだ私が若かった頃。

 秋のような恋をしてみたかった。

 静かに、でも紅葉のように鮮烈な・・・

 

 それは、私が25歳の頃。

 とある男性に会った。

 それまでは、男なんて、とっかえひっかえして付き合うだけのアバンチュールな関係でしか無かった。

 でも、その男性は他の人とは違った。

 男性は、バーのマスターで。たまたま、入ったバーにいた。

 「いらっしゃいませ」

 その時は、清潔感のある対応。物静かで、冷静で。頭のいい人・・・それが初めて会ったときの第一印象だった。お店も、ジャズがかかっていて、とてもおしゃれな感じで。私は、なぜかとても気に入った。

 一月後、2回目にバーに行くと、マスターは私の事を覚えてくれていた。

 ついうれしくって。

 ほろ酔いながら色んな事を話した覚えがある。

 その後、月に4~5回。マスターのいる店に通った。マスターも行くたびに、声をかけてくれるようになり、いつしか、色々と話をする中になった。私は、うれしくって。

 週に3回だろうか・・・マスターとの会話が楽しみで、さらに足繁く通うようになった。

 四ヶ月ほど経ってのこと。

 私は、何気なくいつものようにバーにやってきた。まだ、時間も早かったこともあり、他のお客は誰もいなかった。

 「今日は早いじゃん。」

 マスターがニコリと私に笑いかけた。

 私は、いつものカウンターの席に座り、マスターにあいさつをした。

 「今日は、仕事が早く終わったんだ。」

 そして、いつものようにテキーラサンライズを注文した。私の好きな歌手が歌う曲に出てくるカクテルだ。マスターもいつものように手際よくカクテルを作ってくれた。

 私は、その作ってくれたカクテルを一口喉の奥に注ぎ込む。

 「美味しい・・・」

 マスターは、クスリっと笑った。

 3杯目を注文した頃には、時刻は19時を回っていたが、今日に限って客はまだ誰も来なかった。

 「珍しいね。誰も来ないなんて・・・」

 私は、ほろ酔い気分でマスターに話しかけた。

 「俺は、こういうのも好きだけどな・・・」

 「酔っ払いの女が一人で店をジャックするのが?」

 冗談で、私がそういうと、マスターはカウンターから出てきた。

 「そう、君と二人っきりで飲めること。」

 マスターも既にワインを一杯引っかけていたのだろう。そう言うなり、私の座っている席の後ろから抱きしめてきた。

 私も、なんの抵抗もしなかった。

 マスターがつぶやいた。

 「今日はお客も来ないし、もう閉店にするから、一緒に飲もう・・・」

 私は言われるがまま、マスターが看板を外し、店の鍵を閉めるまで静かに待っていた。

 そして、二人きりの店が密室になると、二人は静かに抱き合った。静かに、そして激しく・・・

 

 その後も、私たちは、店の客に知られないようにしばらく付き合った。私は、マスターに夢中だった。

 多分、私より10歳年上のマスターからは、大人の香りがして、私の知らないことを色々知っていたせいもあるのかもしれない・・・

  マスターも、年下の若いこと関係を結ぶことが楽しかったのかもしれない。

 そして、冬が過ぎた頃。

 私たちの関係は終わりを迎えた。

 私が、家の都合で仕事を辞めて実家に帰ることとなったからだ。

 私は、引き留めてくれるものと思っていた。でも、マスターは違った。

 最後の逢瀬の後、マスターはこう言った。

 「お前を手放したくない・・・でも、俺はお前を引き留めたいとも思わない」

 そして、静かに涙を流していた。

 男の人が、こんなふうに泣くことを私は、初めて知った。もう一度、抱きしめてマスターとこのまま暮らしたい・・・そう思った。

 でも、マスターは、私との結婚は考えていなかったのだろう。そのことは、私も無意識に感じてはいた。

 結局、二人はお互いに最後のキスを交わすと、別々の道を歩き出した。

 

 思えば、最後の言葉は、マスターの優しさだったのだろう。

 でも、まだ子どもだった私は、ただただ悲しくって。一人きりになったとき、激しく泣いたのを覚えている。

 

 今では、夫と3人の子どもに恵まれ、幸せな生活をしている私だが、20年経った今も、秋になるとそんなことを、ふと思い出してしまう。

 若かった頃の遠い思い出を・・・

 

 

 

 

 

 




 扇風機を回しながら、彼女は部屋の中で、横になっていた。

 暑くって動くきにもなれなかったからだが、正直、何もすることがなかったからだ。

 ただただ、仰向けになって目をつぶる。

 そうしていれば、時間だけは確実に過ぎていく。

 暑いけど動きさえしなければ、汗も出ない。

 一石二鳥だった。

 彼女は、こういう時は、良く空想をする。

 彼女の特技は、いいにつけ悪いにつけ、頭の中に思い描けるのだ。

 それだけは、ある意味、天才的だ。

 そして、それを見ることが出来るのは、彼女だけの特権だった。

 まず、座布団を枕にして、フローリングの床に横になり、目をつぶる。

 そうすると、少しだけまぶたから明かりが入ってくるのだろう。何やら、黒と紫のグルグルした物が見えてくる。しばらくその状態が落ち着くと、今度はとりとめもない話がいきなり始まってくるのだ。

 それをいくつもいくつも見ては、時間をつぶす。

 時折、フローリングの床が暖かくなってくると、少しずつ体の位置を変えるのが、大事な事であった。暑くなってくると、考え事が浮かばなくなるから。

 そうして、2~3時間は、無言で過ごすことが出来た。

 彼女はそういう意味では、変わっているのかもしれない。

 でも、そうして過ごすことが彼女は何より好きだった。

 だから、昼間はもちろん夜もテレビをつけない。

 つけるのは、夫が居るときだけ。

 彼女は変わっていたが、夫はいた。

 二人は、なぜか正反対だったが、結婚した。

 よほどのことがない限り、喧嘩もしたことがなかった。

 夫は、いい人で、彼女の事を良く理解していたから。

 ただ一つ、テレビに関しては彼女と夫は、合わなかった。

 夫はテレビを見ながら寝るのが大好きで、気がつくと彼女がテレビを消す。すると、消したと同時に、夫が目を覚まして、

 「なんで、テレビを消すんだ!」

と、言ってまたテレビをつける。

 それの繰り返しだった。

 夫もそういう意味では、変わっているのかもしれない。

 二人は、会話がなくても、そうやって一緒にいることが多かった。

 でも、一緒にいることが、二人には大切な時間だった。

 二人の変わったところと言えば、もう一つ。ドライブに出かけることだった。

 毎週、おんなじコースを通り、同じ店で食事をする。

 会話という会話は、ほとんどなく、それでも二人はドライブをするのだ。

 二人ともそういう意味では、変わっているのかもしれない。

 変わり者同士だから、上手くいっているのだろう・・・

 周りのものも、そう考えていたから、別に何も言わなかった。

 ある、変わり者の夫婦の話である。

 

 


 

 今朝も何時ものように6時に起きた。

この時期は、早くから太陽が昇り、すでに辺りは明るくなっている。

「もう、起きる時間?!」

夫はモソモソと布団から顔を出した。

「うん、おはよう・・・」

妻はにっこりと笑って、挨拶をする。

「・・・おはよう・・・」

夫も寝ぼけた顔で挨拶を開いた。

 それから、二人で二階から一階にいって、朝ご飯を食べる。どこにでもある、夫婦の日常・・・

「それで、今日は帰りが遅くなるの?」

妻はモグモグとパンにかぶりつく。

「ああ、だから先に寝てていいから。」

「OK~」

 夫は、新聞を見ながらコーヒーを飲むのが日常である。

 共働きの二人は、結婚してまだ2年。お互いにお互いのことは、干渉し合わないのが,

夫婦間の決まり事となっていた。夫は証券会社で働き、妻は近所のスーパーでレジをやっている。

「そうだ、今度の日曜日、実家に行くんでしょ?なんか、買っておいた方がいいかな?」

「別にいいんじゃないか?そんなもの。」

「でも、こないだお姉さんたちが、お土産持ってきていたわよ・・・やっぱり今日、買ってきておくね。」

「別に俺の親なんだからいいって。」

「あなたは良くても、私は困るの。」

「はいはい。お好きにどうぞ。」

  妻は、食事を終えると、早々に食器を片付けた。夫も歯を磨き、ひげを剃る。そして、ワイシャツやスーツに袖を通して、仕事へ行くの支度を終えた。

 二人は、ちらっと時計に目をやった。そろそろ夫が仕事に行く頃だろう・・・

 夫は、玄関に向かって歩いて行った。妻も夫の後をついて行く。 

「じゃあ、悪いな。行ってくる」

 靴を履いて、夫が振り返った。妻は、いつものようにニコニコしている。夫は、少し、照れながら、

「はいはい、いつものやつね・・・」

 そう言って、妻に軽くキスをした。

「それじゃ、行ってくる。」

「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 妻は、機嫌良く夫を送り出した。

  二人には、一つだけ約束事があった。それは、毎朝出かけるときは、キスをすること。無事に帰ってきますように、今日がいい一日でありますようにと、お互いに思いあうためにそうきめたのだ。

 よその人が聞いたらきっと笑われるだどうが。この2年間、二人は欠かしたことがない。

 「さてと、私も洗濯物干さなくっちゃ・・・」

 妻は、一目散に洗濯機の中の物を取り出すと、二階へと上がっていった。

 二人は、仲のいい夫婦である。


 


 私は、再び、あの超豪邸にやってきていた。約束通り、16時に。

 そして、王さんも。木崎さんが言ったとおり、屋敷でまっていてくれた。

 「やあ・・・」

 王さんは少し痩せたように見える。でも、目に宿る輝きは、先日の物と同じだった。

 「あの・・・」

 私は、通された屋敷のテラスで、なんとか声を絞り出す。

 「あの、こないだのことなんですが・・・」

 「ああ、返事・・・だな」

 「はい・・・」

 私は、こくんと頷いた。

 「私は、王さんが思うほど器用でもないし、美人でもない・・・でも王さんは、付き合ってほしいといいました。どうしてか聞かせてくれませんか?」

 王さんは、不思議そうな顔をした。でも、誠実に答えてくれた。

 「木崎は、確かに不器用で、何かをするのにも時間がかかる。強気でもないし、どちらかと言えば、人の影に隠れているタイプだ・・・」

 王さんに言われると、ちょっと傷つくな・・・私は真面目にショックだった。そんな私を知ってか知らずしてか、王さんは続ける。

 「だが、木崎はまっすぐで、純粋だ。この一週間、木崎の事が気になって、仕事にならなかった。木崎いない人生なんて、私には考えられない・・・」

 王さんは、堂々とそう言うと、

 「これが私の気持ちだ。木崎・・・君は?」

 王さんは、まっすぐ私の方を見つけてきた。

 私は、一瞬、ためらいそうになった。でも、ここまで来たんだからと、首を振って王さんをまるでにらみ返すかの様に、言葉を紡いだ。 

 「私も、この一週間、王さんとのことを真剣に考えてきたつもりです。」

 そして、一息深呼吸をした。頬が赤くなっていくのが分かる。

 「私、私は、どうしたらいいのかずっと迷っていました。」

 王さんの瞳が私をとらえて離さない。

 「でも、私・・・決めたんです。」

 私は、ゆっくりと歩きながら王さんに近づいた。

 「どんくさくても、地味でも、貧乏でもいいから、私がいいんだったら・・・私をあなたのお嫁さんにしてください。」

 王さんは、私を抱きしめた。それは、本当に一瞬の出来事であった。

 「本当にいいのか?木崎?!」

 「私、一度口にしたことを買えたことはありません・・・」

 「分かった。今日から君は、私の家族だ・・・」

 王さんは、さらに強く抱きしめると

 「今日は、美味しい料理を黒崎が用意してくれている。食べて言ってくれるかい?」

 と、優しくささやいた。 

 「はい。喜んで」

 私も王さんを強く抱きしめた。


 こうして、私と王さんは恋人同士となったのであった。

 

 執事の服は、やはり喫茶店に似合わない。

 「お久しぶりでございます、木崎様。」

 黒崎さんは、静かに重みのある声で一礼をした。

 「黒木様、お仕事中の事、重々存じておりますが、本日はどうしても伺わなければと思いまして。」

 私にとったら、その言葉の意味の方が、すでに重すぎて耐えられないくらいだったが、ぎくしゃくしながら席を勧めた。とりあえず、自分でも戸惑っている。なにせ、王さんの話をしに黒崎さんが来たのは、間違いないのだから・・・。

 私は、黒崎さんに席を勧めると、凜とした姿勢で黒崎さんは、席に着いた。机を挟んだ席に座った。

 「えっと・・・今日は、どういう用件で?!」

 私からそう聞いてみた。すると黒崎さんは、

 「木崎様は、旦那様のお年がお気に召しませんか?」

 と言ってきた。

 「実は、旦那様は、あの後からずっとボーっとされて。つまり、今の姿は、生きた屍も同然。あなた様の事を本当にお慕い申しておられるのです。このままでは本当に旦那様のお体に触ります。もし、そうなった場合、我が国の・・・いえ、世界での損益は計り知れません。それに、今度の商談もこのままでは・・・」

 ・・・。

 私は、馬鹿でしょうか?この人の日本語、意味不明です。

 黒崎さんは、軽く白いハンカチで額をぬぐった。その表情は、真剣である。

 「旦那様も、もう50歳。あまりお若くありません。性格的な面ではぶっきらぼうで。何時も、孤独な方でございます。でも、木崎様の前では、本当の自分をお見せできたように思えます。木崎様、どうかあの方の傍にいてあげてくっださりませんか?」

 「私は、まだ考えています・・・でも、ここにいると、どうしていいのか分からなくって・・・」

 私は、少し顔が赤くなっているような気がした。  

 「あの、黒崎さん。明日は、王さんの予定が・・・予定が。16時以降に予定が入っていますか?私、一生で一番大事な話を王さんにしたいんです。」

 黒木さんは、大きくうなずいた。

 「木崎様のためでしたら、可能でございましょう!」

 と、にっこりと笑って答えた。










 

 

 あれから一週間、店に王さんは、一度も姿を見せなかった。

来るのは、何時もの常連さんと、近藤のおじさんだけ。

 近藤のおじさんは、最近の二人に起きたことなど知らない。

 「ワンちゃん、どうしたんだい?ここんところ顔を見ないけれど?」

 何時もの席で何時ものようにアメリカンを飲む、近藤のおじさん。でも話す内容は、王さんの事ばかり。

「さあ・・・わ、私、王さんの事は、何にも知らないし・・・」

 そう、王さんの事、何にも知らないんだ・・・

 チクリっと胸の奥に何かが刺さる。

 「まあ、ワンちゃんは、この店だと偉そうに見えないけれどさ。ああ見えて、こくに有数のお偉いさんだからな~。先日もなんとかって言う国の大使と対談してたって、新聞に載っかってたからな。今までも、なんだかんだ言って時間を作ってはここに来たんだろうよ。」

 うんうんと、近藤のおじさんは、腕組みをしながらうなずいた。

 「タマちゃん、またワンちゃんが来たら俺に声をかけてくれよな。すぐに来るからさ。」

 近藤のおじさんは、アメリカンを飲み干すと、いつものように代金を払って店を出て行った。

 私は、早々にコーヒーカップを片付けると、一番端のカウンター席に座った。席からは、誰もいない店内が一望できる。静まりかえった喫茶店は、以前なら快適な空間であった。

 でも、王さんと出会って1ヶ月。ここは、二人だけが過ごす空間に変わっていた。王さんが私に対していろいろ教えてくれて。私がそれを嫌々やって・・・お陰で紅茶やコーヒーの入れ方も若干上手くなったし。お菓子も前よりはレパートリーが増えた。

 なんだかんだ言って、ワイワイとやっていた。このカウンターので・・・。

 王さんは、カウンター越しに私をあんな風に見ていたのだろうか・・・

 ふと、先日の王さんの瞳を思い出す。真剣な表情。今、思い出すだけでもドキドキしてくる。

 その思いに、私が答えることが出来なかったんだ。だって、どう考えても不釣り合いだと思っていた。でも今は・・・

 私は王さんの事ばかり思い出してしまう。目に入るすべての景色の中に、王さんがあふれているのだ。

 「はあ~っ。何やってんだろう私・・・」

 真剣に王さんの事を考えていけば行くほど、王さんに惹かれていく。私は、頭をクシャクシャと指で掻きむしった。

 ドラマだとかだったら、こういうとき、何事もなかったように王さんがお店に入ってきて・・・

 カランコロ~ン・・・

 ドアが開く音。

私は、ドアの方へ振り返った。

 そこに立っていたのは・・・

 「黒崎さん?!」

 執事用の黒い服を着こなし、清潔感あふれる・・・黒崎さんがそこに立っていたのだ。

 「あ、あの、どうして・・・」

 私は驚きながら、席から立った。黒崎さんは、以前と同様に優しい笑顔をしながら、ゆっくりとカウンターの方へ向かってきた。

 




部屋の中では、この屋敷の主がテーブルの前で、1人ぽつんと座っていた。それは、どこかのドラマに出てくるような風景だった。

 「木崎、大丈夫か?」

 やや、バツが悪そうに王さんは、声をかけてきた。私は、小さくうなずきながら、王さんの向かいの席に戻った。

 さりげなく、黒崎さんが新しいティーカップで紅茶を入れてくれる。私は、その紅茶の入った真っ白なティーカップの縁を、しばらく見つめていた。その間、王さんの視線を、遺体ほど感じた。

 そのとき、黒崎さんが、

「旦那様、所用がありますので、しばらく席を外させていただきます。」

そう言って、音もなく外へと出て行った。

 私は、小さなため息をつくと、勢いよく王さんの方を見つめた。

 「あの、先ほどの話ですが・・・」

 私は大きく深呼吸をした。

 「わたし、王さんのお気持ちは、よく分かりました。でも、わたし、正直いって悩んでいるんです。」

 「で?」

 「えっと。だから、私は、頭も良くないし、王さんみたいにセレブでもないし。それに・・・」

 「それに?」

 王さんは優しく問い返してきた。

 「それに、出会ってまだ一月ですし・・・」

 私は、自分に言い聞かせながらこういった。

 「だから、私に、王さんの事を考える時間をください」

 王さんは、私をじっと見つめていた。元々、端正な顔立ちの王さんは、50歳といえ、10歳は若く見える。こちらを見つめる瞳は、とても情熱的で魅力的に見えた。

 王さんは、いつもこんな表情で私を見ていたんだ。以前、付き合っていた人には、こんな風に見つめる人はいなかった。王さんは、確かに魅力的な男性だ・・・

 多分、私がもう少し大人だったら。もう少し王さんと早く出会えていたら。私がもう少し自分に自信があったら・・・

 私は、そんなことがグルグル回っていた。でも、もしも王さんと付き合うなんて事があったら、傍目から見たら『不釣り合い』と、映るかもしれない・・・

 『私、それが一番怖いんだ・・・』

 それは王さんを一人の男性として認識した瞬間。

 私は、思わず、王さんの視線から目を離した。

 「分かった、木崎がそう言うなら・・・」

 王さんは優しく、そう言ってくれた。

 私は、ゆっくりと席を立つと、

 「あの、今日は、これで帰ります。ごちそうさまでした・・・」

 私は、一礼すると足早に部屋の外へと出て行った。

 


 私は、化粧室に通された。思った通り、広くて立派な内装である。

 私は、どのぐらい、立っていただろうか・・・化粧室の鏡に向き合っていた。そこにいたのは、灰色のスーツは・・・

 本当に王さんは、どうしてこうも私の日常を脅かしてくるのか・・・

 私は、豪華な化粧室の中で、ため息をついた。そして、愚痴をこぼす。

 「本当に王さんは、そうしてこうも私を振回すんだ・・・」

 鏡に映る私は、美女でもなくて。なのに、灰色の服を着たシンデレラ・・・

 「私、そうすればいいんだろう・・・」

 似つかわしくない、広い化粧室。そこにあるのは、まるで白雪姫に出てくる大きな鏡。

 私は、ふとつぶやいた。 

 「鏡よ鏡、鏡さん。世界で一番この屋敷に似合わないのはだあれ?」

 鏡は何も返事をし手くれない。

 そんな時、私を急かすようにドアのノックの音がした。

 わたしは、恐る恐る、顔をドアの隙間からのぞかせた。

 そこに立っていたのは、黒崎さんだった。

 「ご気分は、いかがでございますか?失礼ですが、遅かったので旦那様より様子を見てくるようのと・・・」

 黒崎さんは、やや神妙な声でそう私に告げた。そう言った言葉は、本当に私の事を心配してくれている様であった。私は、少しだけ化粧室の扉をもう少し開けた。

 「いえ、あの・・・元気です。」

 私がそう言うと、黒崎さんは、ホッとした様子であった。そして、私は言葉を選びながら、黒崎さんに質問をした。

 「黒崎さん、王さんは・・・私をからかっているんじゃないんですか?」

 黒崎さんは首を振った。 

 「いいえ、真剣だと思われます。」

 私は、ため息をついた。

 「あの、私、まだ王さんとお会いして、一月しかたっていません。それに王さんは、実業家ですし。それにお年だって・・・」

 私は、黒崎さんについ話してしまった。私と同じくらいの年でも、黒崎さんは、どこか話しやすい雰囲気がある。私は、さらに話をしようとすると、

 「お静かに・・・」

 と、私の言葉を遮った。

 「木崎様は、旦那様がお嫌いですか?」

 「いや、好きとか嫌いとかではなくって・・・」

 正直、自分の気落ちが分からないのだ。

 「迷っておられるのですか?」

 ・・・それは・・・

 倉崎さんの言葉に、私は静かにうなずいた。

 「さようでございましたか。旦那様は、嘘はつかれません。ましてや、仕事を割いてまでお一人の方をご自宅へお招きになるなんて、私がお勤めしてからというもの、一度もございませんでした。木崎様は、旦那様にとってそういった特別な方だと思いますが。」

 黒崎さんは、そう言い終わると、私を元の部屋へと誘った。私も、どこか少しだけ気持ちが和らいだような気がして、その後に続いた。

 長い廊下を進み、しばしの沈黙の後、王さんが待つ部屋の前まで戻ってきた。

 私は、思わず小声で黒崎さんに話しかけた。

 「あの・・・少し考えてみる事はありですか?」

 黒崎さんはにこりと笑うと、

 「ありなのではございませんか? 木崎様がよろしいのであれば。」

 私はふと頭の中で『ああ、この人、私を否定しないんだ・・・だから、話せるんだ』そう思うと急に気が少し楽になった。

 黒崎さんは、軽やかにドアをノックして、王さんが待つ部屋の扉を開けた。

 

私が二人に連れてこられたのは、優しいブルーと白が基調のイングリッシュ様式の部屋であった。広さは、14畳ほどであろうか。庭にも面していて、明るいイメージの部屋である。部屋の中央にはテーブルがあり、沢山のお菓子やサンドウィッチがきれいに置かれていた。

 私は、黒崎さんが勧める席へと座った。そして、黒崎さんは、手際よく、私と王さんのティーカップに紅茶を注ぐ。そして、用事を済ませると、王さんの後ろへと下がった。

 「本日は、ダージリンをご用意させていっただきました」

 とても良い香りが、辺りを包む。私も少しではあるが、気分が和らいだ。

 「あの・・・」

 私は、一呼吸置いてから、王さんに話しかけた。

 「私、こんな凄いお茶かなんて初めてで・・・どこから手をつけていいのか・・・」

 王さんは、ティーカップを持ちながら不思議そうに答えた。

 「そんな物好きなのもをつまめばすむことだろう」

 それもそうだ・・・

 私は、紅茶を一口飲んでみた。

 「美味しい・・・」

 本当に今まで飲んだことのない味であった。

 「ありがとうございます。」

 黒崎さんが一礼する。

 「王さんは、毎日こんな美味しい紅茶を飲んでいるんですか?」

 「私が毎朝入れております」

 黒崎さんは、にっこりと微笑んだ。

 オホン。王さんが、咳払いをすると、黒崎さんの表情が少し硬くなった感じになった。

 「木崎。」

 王さんが急に真剣な声で話しかけてきた。私は、近くにあるクッキーを丁度手に取っていたところだった。

 「そのなんだ、木崎。私の事をどう思っている?」

 私は気さく気分でこう答えた。 

 「そうですね、王さんは、厳しいけれど、私に紅茶のことをいろいろ教えてくれますよね。凄くありがたいです。」

 「それだけか?」

 王さんはじっと、私を見ている。

 「少し、優しいかなって・・・」

 「そうか・・・木崎。」

 王さんは、私の顔から目を話さずに、こう言ってきた。

 「今日、この場を用意したのは他でもない。木崎、私と結婚を前提に付き合ってくれ」

 ああ、そうなんだ・・・王さん。私と結婚を前提に・・・

 私は、一瞬、思考回路が停止いた。えっと、なんて言ったけ、王さん・・・

 「私は、この一月、木崎と会っているうちに、木崎と真剣に交際をしたいと考えている。お前はどうだ?」

 えっと・・・私は、今お茶会に来ていて・・・

 「私・・・」

 そうそう、王さんとは15歳離れていて、王さんはこんな大邸宅の主で・・・

 私は、急に、思考回路が復活した。

 そうよ、私は、貧乏で、王さんは帝都財団の会長。年だって、こんなに離れているのに。王さんは何を考えているんだ

 「冗談ですよね?」

 「冗談に聞こえるか?」

 ・・・ごもっとも。この人が冗談なんて言えるタイプではないのは分かる。

 「でも、私と王さんとでは、年の差が・・・

 「このぐらいの年の差の夫婦なんて、そこらにでもいるぞ」

 「あと、私は貧乏で・・・」

 「今の仕事が好きなら、続けていればいい! 他にまだ何か不都合なことがあるか?」

 「・・・無いです・・・」

 私は、王さんに押されて、そういった。

 「なら、話は早い。決まりだな・」

 王さんは、商談成立と言わんばかりに、満足げにマカロンをほおばった。

「お二人様、おめでとうございます」

 黒崎さんも、またにこやかに笑う。

私は、ひとりだけその場から取り残された気分になった。そして、そうしてもこの場から逃げ出したくなった。

 「すみませんおトイレに行きたいのですが・・・」

 王さんが、黒崎さんを見ると、黒崎さんはすぐに、綿心椅子を引いて、立たせてくれた。

 「こちらでございます、どうぞ。」

 黒崎さんは、部屋の扉を開けると、私を化粧室まで連れて行ってくれた。

 

 

 そして、当日の日曜日。貧乏な私の、小さな努力など、評価されることなくやって来る物です。

 約束の14時に、私は、それはそれは小さな存在として、巨大な門の前で立っていた。

 子殿も頃から最近まで、この坂の上のお屋敷は、正直、あまり手入れがされておらず。よく『化け物屋敷』とうわさされたものだったが・・・

 流石に帝都財閥の会長が住むだけあって、すべてがきれいにリホームされていた。『お化け屋敷』は、『超高級豪邸』へと変貌していた。入り口にも警備員が常駐しており、キリリとして見える。

 私はその警備員の人に、名前を名乗ると、「少しお待ちくださいませ」と、言うなり、襟の脇に向かって、何かを話している。なにやら無線でやりとりをしているらしい。警備員は、「すぐに担当のものんが来ますので、お待ちください」と、一礼する。

 しばらくすると、門が開き、中からびしっと黒い執事の服を着た自分と同じくらいだろう年頃の男性が出てきた。

 「木崎様でございますね。私は黒崎ともします。以後、お見知りおきを。さあ、こちらへどうぞ」

 黒崎さんは、私とそれほど年が変わらないだろうに、優しく、私に競ってしてきた。どこかのテーマパークにでもやってきた気分だ。黒崎さんは、背も高く、180cmはあるだろうか・・・細身で、容姿端麗で・・・やはりこれだけのお屋敷には、こういう方が似合うのだろう。小市民はこういうのに慣れていないから、ドギマギしてしまう。

 「あ、はい。」

少々赤面し、照れながら私は返事をした。

 黒崎さんは、広い庭を通り、西洋風の建物の中へと私を連れて行った。建物の中は広く、明るいエントランスになっていて、まるでここが同じ町内の、しかもお隣さんには、とうてい思えないほど立派な物だった。素晴らしい装飾品で飾られている。本当にここが『お化け屋敷』などと呼ばれていたなんて・・・

 「さあこちらへどうぞ」

 エントランスには、左右二つの扉があり、黒崎さんは右側の扉を開けた。そこは、覆う説まであった。こちらも広くって、全体が白と淡いグリーンを基調とした気持ちのいい下手である。

 黒崎さんは、私にいすを勧めると、

 「こちらでお待ちくださいませ」

と、ソファーを進めてくれた。

 座り心地は、これまた調度品なのだろう。今まで座った中で一番座り心地のいいソファーだった。正直、困惑してきてしまった。灰色のさえないスーツと自分が、この部屋には不釣り合いなのだ。

 そんな私を見て、黒崎さんは不思議そうな表情を浮かべた。

 「旦那様から何もお聞きになっておられないのですか?」

 「何をですか?」

 私は焦って、答える。

 すると、黒崎さんは、クスリっと笑って、こう言ってきた。

 「今日は旦那様のプライベートな茶会でございます。もうすく旦那様が来られますので、それまでは、どうかお気軽にお待ちになってください。」

 そして、彼は、素早く私に紅茶を入れてくれた。

 「アールグレイでございます。」

 黒崎さんは、微笑むと同時に一礼をして、静かに応接間から出て行った。

 「アール・・・なんだってけ?」

 緊張して、紅茶なんかどうでも良かった。ただ、黒崎さんがいなくなったことは、正解であった。私は、一息つくと、紅茶を一口飲んだ。

 「うわ、これすごく美味しい・・・」

 思わず叫んだそのとき。突然ドアがバタンと開いた。王さんと、数人の人たちと友に現れたのだ。王さんが、なにやら指示を出していくうちに、その人たちは、だんだん人数が減っていく。最後に残ったのは、先ほどの黒崎さんだけとなった。

「またせたな、木崎」

「あ、いえ・・・」

 周りと調和のとれた人がそこに立っていた。そう、この屋敷の王様・・・

 王さんは、私の反対側のソファーに座った。

 「これからの今日のこれからの仕事は、一切ないから、安心してくれ。今日は良く来たな。」

 私がポカンとしていると、王さんは、少し苦虫をつぶすように笑った。

 「普段着でいいと言ったはずだが・・・」

 私の事などお見通しと言わんばかりに、王さんは、私をみつめた。なんだか何時も王さんではないみたいだ。

「さてと・・・」

 王さんがそう言うと、黒崎さんが一礼をした。

 「はい、お茶会の準備は出来ております。」

 王さんは、満足げにうなずくと、私を連れて、別の部屋に移動することになった。