秋のような・・・
昔、まだ私が若かった頃。
秋のような恋をしてみたかった。
静かに、でも紅葉のように鮮烈な・・・
それは、私が25歳の頃。
とある男性に会った。
それまでは、男なんて、とっかえひっかえして付き合うだけのアバンチュールな関係でしか無かった。
でも、その男性は他の人とは違った。
男性は、バーのマスターで。たまたま、入ったバーにいた。
「いらっしゃいませ」
その時は、清潔感のある対応。物静かで、冷静で。頭のいい人・・・それが初めて会ったときの第一印象だった。お店も、ジャズがかかっていて、とてもおしゃれな感じで。私は、なぜかとても気に入った。
一月後、2回目にバーに行くと、マスターは私の事を覚えてくれていた。
ついうれしくって。
ほろ酔いながら色んな事を話した覚えがある。
その後、月に4~5回。マスターのいる店に通った。マスターも行くたびに、声をかけてくれるようになり、いつしか、色々と話をする中になった。私は、うれしくって。
週に3回だろうか・・・マスターとの会話が楽しみで、さらに足繁く通うようになった。
四ヶ月ほど経ってのこと。
私は、何気なくいつものようにバーにやってきた。まだ、時間も早かったこともあり、他のお客は誰もいなかった。
「今日は早いじゃん。」
マスターがニコリと私に笑いかけた。
私は、いつものカウンターの席に座り、マスターにあいさつをした。
「今日は、仕事が早く終わったんだ。」
そして、いつものようにテキーラサンライズを注文した。私の好きな歌手が歌う曲に出てくるカクテルだ。マスターもいつものように手際よくカクテルを作ってくれた。
私は、その作ってくれたカクテルを一口喉の奥に注ぎ込む。
「美味しい・・・」
マスターは、クスリっと笑った。
3杯目を注文した頃には、時刻は19時を回っていたが、今日に限って客はまだ誰も来なかった。
「珍しいね。誰も来ないなんて・・・」
私は、ほろ酔い気分でマスターに話しかけた。
「俺は、こういうのも好きだけどな・・・」
「酔っ払いの女が一人で店をジャックするのが?」
冗談で、私がそういうと、マスターはカウンターから出てきた。
「そう、君と二人っきりで飲めること。」
マスターも既にワインを一杯引っかけていたのだろう。そう言うなり、私の座っている席の後ろから抱きしめてきた。
私も、なんの抵抗もしなかった。
マスターがつぶやいた。
「今日はお客も来ないし、もう閉店にするから、一緒に飲もう・・・」
私は言われるがまま、マスターが看板を外し、店の鍵を閉めるまで静かに待っていた。
そして、二人きりの店が密室になると、二人は静かに抱き合った。静かに、そして激しく・・・
その後も、私たちは、店の客に知られないようにしばらく付き合った。私は、マスターに夢中だった。
多分、私より10歳年上のマスターからは、大人の香りがして、私の知らないことを色々知っていたせいもあるのかもしれない・・・
マスターも、年下の若いこと関係を結ぶことが楽しかったのかもしれない。
そして、冬が過ぎた頃。
私たちの関係は終わりを迎えた。
私が、家の都合で仕事を辞めて実家に帰ることとなったからだ。
私は、引き留めてくれるものと思っていた。でも、マスターは違った。
最後の逢瀬の後、マスターはこう言った。
「お前を手放したくない・・・でも、俺はお前を引き留めたいとも思わない」
そして、静かに涙を流していた。
男の人が、こんなふうに泣くことを私は、初めて知った。もう一度、抱きしめてマスターとこのまま暮らしたい・・・そう思った。
でも、マスターは、私との結婚は考えていなかったのだろう。そのことは、私も無意識に感じてはいた。
結局、二人はお互いに最後のキスを交わすと、別々の道を歩き出した。
思えば、最後の言葉は、マスターの優しさだったのだろう。
でも、まだ子どもだった私は、ただただ悲しくって。一人きりになったとき、激しく泣いたのを覚えている。
今では、夫と3人の子どもに恵まれ、幸せな生活をしている私だが、20年経った今も、秋になるとそんなことを、ふと思い出してしまう。
若かった頃の遠い思い出を・・・
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