ジュエリー
その日、佐々木見和は、失恋をした。
2年間交際していた彼から別れを告げられたのだ。それも、あっさりとスマホの会話で。
理由は至極簡単で、
「お前はいいやつだけれど、恋人だと退屈だから」
と言うことだった。
見和も彼も20歳代後半。見和としては、そろそろ結婚を意識していた。だから、いろいろ彼に尽くしてきた。でも、その結果が、これだった。
見和は、いても経ってもいられなくって・・・普段着のまま部屋の外へと飛び出してしまった。
しかし・・・外に出ても道行く人々が、みんな幸せそうに見えるだけで、余計に自分がみすぼらしく見えて・・・どれほど歩いただろう。
ふと気がつくと、ジュエリー店の前に居た。
店のショーウィンドーには、いくつかの宝石達が綺麗にデコレーションされて陳列していた。
そういえば、付き合っていた2年間、彼から一度もこういったモノをもらったことは無かった。
キラキラとライトに輝く、ダイヤモンド、ルビー、エメラルド・・・
見和は、彼から一度もこういったものは、送られたことも無かった。自分も結婚資金を貯めようと、ジュエリーなんて気にもしなかった。
「そういえば、みんなキラキラしていたな・・・」
同僚や高校や大学の同級生・・・彼女たちは、いつもネイルやお化粧、服装だっていつもおしゃれで。もちろんジュエリーも付けていた。結婚して、子どもを持っている子だっていたが、それなりにおしゃれを楽しんでいた。
でも、ショーウィンドーに映る自分の姿は、誰よりもぱっとしない女・・・
どうせ、結婚なんてしないんだから!
見和は、バックのひもをギュッと握りしめると、そのジュエリー店に入っていった。
「いらっしゃいませ」
男性店員の声がして、チョットひるんだが、見和は、必死でショーケースを見始めた。
すると、店員が見和の隣へとやってきて、
「お客様は、どのようなジュエリーをご希望ですか?」
と、声をかけてきた。
生まれて初めての店である。どのようなと言われても、正直困ってしまったが、ふと、目の前にある宝石に目がとまった。
「あの・・・わたし、11月生まれで。この石は11月の誕生石なんですか?」
そこには、色とりどりのトパーズが並んでいた。
「はいお客様。もしよかったら、お手にとって見ますか?」
店員は、にっこりと笑いかけた。そして、鍵を取り出すと、ショーケースの中から、手頃な値段のトパーズをいくつかとりだしてくれた。指輪に、ネックレス・・・値段は、1万円台から3万円台のものがほとんどだった。
「いかがですか?気に入ったモノはございますか?」
店員が、見和に見せる。
色は、割と青みがかった色が多く、薄いブルーから、濃いブルーと、いろいろあったが、
見和には正直、どれもこれも同じ石に見えた。
見和は、ドキドキしながら、チョット緊張してこう言った。
「あの、この石で一番高いモノはどれですか?」
すると、店員は、そそくさと今まで出していたジュエリーをしまうと、
「それでは、こちらにどうぞ。」
と、店の奥の椅子の方へ見和を案内した。そして、椅子に見和を座らせると、
「しばらくお待ちください」
そう言って、何やら取り出しているようであった。
見和は、今までこういう経験が無かったので、少々緊張してしまった。
少しして、店員が黒いトレーを持って見和の反対側の席に座った。
「こちらは、当店では最高級のインペリアルトパーズのペンダントと指輪にございます。」
見和は、一瞬だが不思議に思った。
「あの、この石、先ほどのトパーズと色が違いませんか?」
店員が持ってきた石は、蜜がほんのりと赤みをおびた色をしたモノだったから。大きさもさることながら、何よりその石の不思議な色に見和は驚いたのだ。
「トパーズと言っても、お色は色々ありますが、このインペリアルトパーズは、最高級のダイヤにも匹敵するぐらい稀少なお石でございます。お客様には、お似合いかと思いますが、おつけしてみましょうか?」
そう言って、店員は席を立つと、ペンダントを見和の首に後ろから付けてくれた。そして、見和は指輪も付けてみた。不思議と、指輪は指にぴったりだった。
首もとと、左薬指に不思議な輝きを放つ石を付けた時、見和の中で何かがザワザワしていた。
「とてもよくお似合いでいらっしゃいます。」
店員は、そっと、見和の前に置き鏡を置く。
「指輪もネックレスも、全てプラチナ製で、デザインもシンプルです」
見和は、しばらく、そのまま、鏡に映る自分を見つめていた。そして、彼女は即決した。
「あの、この二つください。」
店員は、笑顔でうなずくと、
「では、お客様、お値段がこれだけになりますが・・・」
店員は、電卓で値段を提示してきた。金額は、かなりの高額であったが、見和は躊躇をしなかった。
「キャッシュ使えますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
見和は、キャッシュカードを財布から取り出すと、店員に渡した。店員もすぐに、処理を済ませると、キャッシュカードを見和に返してきた。そして、サインを求めてきた。
見和がサインを書いていると、店員は、こうつぶやいた。
「この宝石は、とても強い力を持つと言われています。パワーストンとしても、きっとお役に立ちますよ。」
「そうなんですか?・・・私、宝石の事って、全く知らなくって。実は、宝石を買うのは、これが初めてなんです。
店員も、流石に驚いたように見和を見た。
「さようでございましたか。」
「でも、この石を手にしてみたら、なんだか愛着沸いてきて・・・チョット元気が出てきました。」
不思議なことに、それは、本当のことだった。さっきまで、自分は最低な女だと思っていたのに・・・そんな気分は、どこかへと消えてしまったのだ。この石のお陰かもしれない・・・
「それは、よかったです。この石は、皇帝の名を冠する石でございます。そうやって身につけておられると、本当に気品にと自信にあふれている感じがします。」
見和も、そう感じていた。
「いい石を教えてくださって、ありがとうございます。」
彼女は、ジュエリーの入れ物を受け取ると、付けたまま店を後にした。
そして、見和は、行きとは別人のようにウキウキしながら家路に向かっていった。
0コメント