坂の上の王様とお妃様 7
あれから一週間、店に王さんは、一度も姿を見せなかった。
来るのは、何時もの常連さんと、近藤のおじさんだけ。
近藤のおじさんは、最近の二人に起きたことなど知らない。
「ワンちゃん、どうしたんだい?ここんところ顔を見ないけれど?」
何時もの席で何時ものようにアメリカンを飲む、近藤のおじさん。でも話す内容は、王さんの事ばかり。
「さあ・・・わ、私、王さんの事は、何にも知らないし・・・」
そう、王さんの事、何にも知らないんだ・・・
チクリっと胸の奥に何かが刺さる。
「まあ、ワンちゃんは、この店だと偉そうに見えないけれどさ。ああ見えて、こくに有数のお偉いさんだからな~。先日もなんとかって言う国の大使と対談してたって、新聞に載っかってたからな。今までも、なんだかんだ言って時間を作ってはここに来たんだろうよ。」
うんうんと、近藤のおじさんは、腕組みをしながらうなずいた。
「タマちゃん、またワンちゃんが来たら俺に声をかけてくれよな。すぐに来るからさ。」
近藤のおじさんは、アメリカンを飲み干すと、いつものように代金を払って店を出て行った。
私は、早々にコーヒーカップを片付けると、一番端のカウンター席に座った。席からは、誰もいない店内が一望できる。静まりかえった喫茶店は、以前なら快適な空間であった。
でも、王さんと出会って1ヶ月。ここは、二人だけが過ごす空間に変わっていた。王さんが私に対していろいろ教えてくれて。私がそれを嫌々やって・・・お陰で紅茶やコーヒーの入れ方も若干上手くなったし。お菓子も前よりはレパートリーが増えた。
なんだかんだ言って、ワイワイとやっていた。このカウンターので・・・。
王さんは、カウンター越しに私をあんな風に見ていたのだろうか・・・
ふと、先日の王さんの瞳を思い出す。真剣な表情。今、思い出すだけでもドキドキしてくる。
その思いに、私が答えることが出来なかったんだ。だって、どう考えても不釣り合いだと思っていた。でも今は・・・
私は王さんの事ばかり思い出してしまう。目に入るすべての景色の中に、王さんがあふれているのだ。
「はあ~っ。何やってんだろう私・・・」
真剣に王さんの事を考えていけば行くほど、王さんに惹かれていく。私は、頭をクシャクシャと指で掻きむしった。
ドラマだとかだったら、こういうとき、何事もなかったように王さんがお店に入ってきて・・・
カランコロ~ン・・・
ドアが開く音。
私は、ドアの方へ振り返った。
そこに立っていたのは・・・
「黒崎さん?!」
執事用の黒い服を着こなし、清潔感あふれる・・・黒崎さんがそこに立っていたのだ。
「あ、あの、どうして・・・」
私は驚きながら、席から立った。黒崎さんは、以前と同様に優しい笑顔をしながら、ゆっくりとカウンターの方へ向かってきた。
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