坂の上の王様とお妃様 2

 「どうしよう・・・」

 私木崎珠子は、自称『独身貧乏』である。

 喫茶店の儲けは、ほとんど無く、私一人がひっそりと生きて行くには、丁度いいくらいである。だから、普段着の洋服でも、Gパンとか、トレーナーである。

 今日、王さんに、お茶のお誘いを受けて、急いで洋服ダンスを見てみたけれど、唯一着れそうなのは、会社用に着ていたスーツくらい。

 そもそも、私は、大金を手にしたことがない。OL時代も働いてお給料はもらっていた。『タマちゃん、お金貯めているんじゃない?!』なんて、良く同僚にも言われていたけれど、貯めたお金は、すべて、男に貢いでいた。(そのときは、本当に困っていると思っていたんだもの。まさか二股かけられていたなんて・・・)

 きがつけば、私の貯金はほとんど無い状態だったし。あげく、両親が死んで残してくれていたとばかり思っていた家は、借家だったし・・・。

 普通35歳ともなれば、恋愛も上手くいって、旦那様を捕まえて、子どもだっていてもおかしくないはず。

 なのに・・・なんだかな・・・である。

 でも、とりあえず、今はそんなことを考えている場合ではない。明日何を着ていけばいいんだろう・・・幾ら普段着でいいよと言われても、あの家の塀を見れば、とても普段着なんて着ては行かれない。それでなくても、『ご恩とご奉公』の間柄の私たちである。粗相があってはならない。いいや、貧乏人でも、それなりの心意気という物があるのよ!

 「本当に、王さんって、何を考えているのか全く分からない!」

 私は、鏡に向かって、数着しかないスーツを体に当てながら、つぶやいた。なんとか、薄い灰色のスーツを選んで、明日これを着ていくことにした。

 「ご近所の手前、みっともない格好でなんかで、あの家の門をくぐったらいい物笑いの種になるだあ家だもん。」

 特に、子どもの手が離れたイケイケのおばさんたちは、要注意である。子どもや旦那に手がかからないから、噂話が大好な奥様方は、喫茶店でもすさまじい。よく、カウンター越しに噂話を聞くが、正直、そこまで言うかという様なすさまじい言葉で話している。うちの母は、そんな話、平気だったんだろうか・・・?

 そのターゲットに今度は、私がなるわけで・・・

 『あの子、王さんのお宅に、お茶に呼ばれたんだって』

 『あんな貧相な格好で行ったんですってよ~!』

 でも、それは、喫茶店に来てくれているときから、もう言われていることであって・・・

 とりあえず、服もきめたし、なんとか自分の気持ちを整理できたし・・・

 っていいながら、また鏡を覗いている。

 この一月、突然王さんが引っ越してきて。ああだ、こうだと、振り回されて・・・そのせいで、正直ちょっと疲れが来ているのかも。なんて考えたら、涙が出てきたりして・・・

 「ほんとにやんなっちゃう・・・」

 灰色のスーツを鴨居に掛けて、机の上にある湯飲みを手に取ると、ぬるくなったお茶を一口飲んだ。

 「とりあえず、明日は、ご機嫌取りに行ってくるだけなんだから・・・次回はお断りをしよう」

 そう、堅く誓いを立てて、私は明日起きるであろう出来事に自分を無理矢理に納得させた。

 

はぜみ's ストーリーズ

こんにちわ、ハゼミです。 このHPは、私はゼミの書く、短編小説や、長編小説が載っているものです。 お暇なときやいつもの世界から離れたい時など、隠れ家的に来てくださると嬉しいです。

0コメント

  • 1000 / 1000