坂の上の王様とお妃様 1
私、木崎珠子は、最近呪われている。
そういうのも・・・
「おい、木崎君、今日のこの紅茶は、何という銘柄かな?」
「ワンちゃん、紅茶にそんなのあるの?!」
「当たり前だよ近ちゃん。どこで作られたのかとか、どういったフレーバーが入っているのか、どこの会社の物かによって、味や香りが違うんだ。」
「へ~そうなんだ。俺、紅茶って皆同じだと思っていたよ」
・・・この目の前で繰り広げられている、光景を想像できただろうか?!近藤のおじさんと、先だって隣に引っ越してきた、王さんがだ。こんなにも食い違いながらも普通に会話を楽しんで知るのを・・・これが私にとっての呪いである。
つい先日隣の超豪邸に引っ越してきたのは、御曹司ではなく、帝都財閥の会長その人だった。
「ワンちゃんのスコーンってやつ、絶品だろう?」
「ああ、少し、味は薄めのようだが、本場の英国のスコーンとさほど変りはないね。」
中年男性2人が、どこにでもある普通の喫茶店で毎日午後になると、アフタヌーンティを楽しむ光景など、私にとってこれほどの悪夢はない。そしての原因は、目の前にいる片割れなのである。
近藤のおじさんと、楽しくティータイムを満喫している中年男性・・・それがこの悪夢を作り出している張本人である。
帝都財閥会長にして、隣の超豪邸に引っ越してきた、王 源(おう はじめ)は、御年50歳。身長の178センチほどあり、顔も年の割に若く見える。近藤のおじさんとは、すぐになじんでしまい、今では、我が喫茶店の常連客となっている。
・・・王さんが来るまでは、静かで穏やかな私の生活が、一変してしまったのだ。
「いや~、ワンちゃんが来てくれてからさ、お店も明るくなったよ。本当にこの店、商売っ気がなくってね~。この店、前のマスター。つまり、タマちゃんのご両親が突然交通事故で他界されちゃっただろう?どうなるかと思っていたら、タマちゃんが次いでくれて。俺はうれしかったんだけど、ほら、タマちゃん地味だろ?本当に心配していたんだよ~」
近藤のおじさんは、しみじみと勝手な話まで始める始末。おかげで、聞かれたくない話まで、近藤のおじさんがしてしまう。
「そういえば、ワンちゃん。鈴木の奥さんから熱烈なお誘いがあったんだって?」
「近ちゃん、耳が早いね。そうなんだ、鈴木さんのパーティーに招待されてね・・・」
「あそこの旦那は、この辺の田舎銀行の頭取だからな。すごいね~やっぱ、ワンちゃんは。まあ、俺なんかは誘われて事も無ければ、行きたいとも思わないけれどね~」
「まあ、ご近所づきあいも大切だからね・・・」
・・・おかげで、町内の事情まで詳しくなってしまった私。どうせなら、どこかの飲み屋でも行ってこういう会話はしてほしいんだけど・・・なんでも、二人曰く『ここが一番楽ちん』なんだそうな。
私はカウンターの中で、小さくため息をついた。店の入り口にかかっている時計を見ると16時になるところだ。そろそろ近藤のおじさんが帰る時間だ。
「じゃあ、俺かえるよ。あまり遅くまでいると、母ちゃんに怒られるからな~」
近藤のおじさんは、名残惜しげに席を立つと、お勘定をおいて何時ものように店を出た。
それは、私の修羅場の開始を告げることでもある。
「今日も有意義なティータイムだった・・・」
隣の住人は、口元をナプキンで拭くと、私のいるカウンター真ん前に座った。そして、まるで別人のように50歳の紳士は口を開く。
「さて、木崎。昨日の続きをするとしよう」
私は思わず身をこわばらせた。私の疫病神が、また例のうんちくを始めたのだ。
「木崎、昨日私が教えたように紅茶は入れたんだろうな?」
「ええ、ちゃんと・・・暖めておいたカップに熱湯でお茶を入れ、3分程おいてからお出ししました」
王さんは、うなずいてみせる。窓から差し込む西日で顔にかげ出来、余計に若く見えてくる。
「では、もう一度私に入れてみろ」
私は、『はい』と、小さく返事をすると、急いでお茶の準備を始めた。
元々、OLだった私、木崎珠子は、両親が残してくれたごくごく普通の喫茶店で、平凡な毎日を送っていた。小さいときから、親の手伝いなんかをしていたからちょっとしたお菓子や、お茶やコーヒーくらいは入れることは出来る。しかいs、本格的にお茶を入れて事は無い。父はこだわっていたようだが・・・(コーヒーは今はインスタントだし)別に、こんな小さな喫茶店だ。この町には、本格的な喫茶店だって必要ない。ケーキも冷凍物を出していた。
なのに、だ。
この王さんが来てからと言うのも、私はまるでメイドのごとく毎日しごかれる羽目となった。
一月前に突然ふらっとやってきた王さんは、私が出したケーキを食べたんだけれど、その後が悲惨で・・・
「こんな物を客に出すのか?」
と激怒したのだ。さらに。
「この店は、つまり木崎君。君のお父さんに私が条件付きで貸していた物件だ。つまり、私が事実上のオーナーだ。ここを君が追い出されたくなかったら、私の言う条件を満たしてもらおうか?」
と、爆弾発言を言ってきたのだ。(私も慌てて、建物や土地の権利書を確認したら、帝都銀行に抵当権があったんだよね)
すでに、会社は辞めてしまっているし、この家から追い出されても、天涯孤独の私に行く地頃はないし・・・で、王さんのその条件を聞くことにしたの。それが、
『私のためにお茶を提供すること』
だった。
・・・こうして、なんだか、ハメらレたような展開で現在に至るのである。
「あの、どうぞ・・・」
私は、先ほど入れたのと同じ紅茶を、王さんにオズオズとだした。
「ふむ、先ほどよりはましだな」
私はこの始終関係が始まってからというもの、彼が来るたびに生きた心地がしないのである。この疫病神・・・いや、暴君。そう、彼は暴君として私の上に君臨しているのだ。
「時に、木崎。明日の日曜なんだが・・・」
王さんは、まるで商談でも始めるように、声を潜めた。ゆっくりとひーカップをソーサーの上に戻す仕草は、威厳に満ちあふれている。
(なんでいちいち、そういう風に偉そうに見えるんだろう・・・?)
私は、喉まで出かかった言葉を無理矢理押し込めた。
「明日ですか?」
ふと、カレンダーに支援を向ける私。確かに今日は土曜日で、明日は日曜日だ。お店も休みの日曜日。
「日曜日は予定があるのか?」
「いや・・・予定はないですけれど・・・」
このあたりのお客さんは、平日の方が仕事があるので、よく来てくれる。ビジネスマンや、工場の人とか・・・だから、日曜日は店を閉めている。そう、だから、日曜日は、のんびりと過ごしているのだ。
すると、王さんは、何かに納得したかの様に、コクンと、うなずいた。そして、こうの賜ったのである。
「良かった。では、明日我が家に来て、アフタヌーンティーを開くとしよう。木崎、14時に私の家に来なさい」
・・・。
私は、このとき、どんな顔をしていただろうか・・・。ただ、口をあんぐりとしていることぐらいは、馬鹿な私でも分かった。
「木崎、返事!」
王さんは、まるで自分の会社の部下に確認を取るかのように、そう言った。私もまるで、叱られている部下の様に、ピシっと背中を伸ばす。
「わ、分かりました」
「よろしい。では、普段着でいいから来なさい。明日は、我が家でまっているから。」
満足できた回答が聞けたのだろう。王さんは、洗練された物腰で、喫茶店のドアを優雅に開けて出ていく。
「では。また明日。」
そう言って、立ち去ると、店は急に静かになった。
店に残された私は、頭からつま先まで、凍り付き、しばらく、その場から動けなくkなってしまった。
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