「どなた様ですか?」
今日、6月7日。俺はいつものように家に帰ってきた。
庭にはいつものように色とりどりのバラの花が咲いていて、甘い香りがする。うちの嫁が育ててる。
赤・白・ピンク・・・色とりどりのバラの色。何も変わらない、美しい我が家の庭・・・
玄関の三段しかない階段を足取り軽く登り、玄関を開けた。
「ただいま・・・」
玄関を開け、いつもは嫁が出迎えてくれる・・・それが日常で・・・
「あ~?」
聞こえてきたのは、おばちゃんの様な間の抜けた声だった。
「ただいま。なんだよ、その声は・・・」
俺は、何の気なしに玄関で座って靴を脱ごうとした時だった。
「あのう、どちら様ですか?」
俺は、焦って、振り返った。
そこにいたのは、紛れもないおばちゃんで、エプロンで手を拭きながら出てきたのだ。嫁のお義母さんなら、もう少し若かったよな・・・この人は誰だろう?
「あのう、すみません。どちら様ですか?」
俺は、振り向きながら、そう答えた。
すると、相手も不審そうな表情をして、
「こっちこそ・・・どちら様ですか?」
俺は、家を間違えたのかと思って、急いで玄関を出て、表札をもう一度見直した。しかし、ちょっと古ぼけているけれど、我が家の表札に間違いはない。
俺は、もう一度、おばさんのところまで行くと、
「いやこの家の主は、俺だけど。あなたはどちら様ですか?」
と、やや強い口調で話しかけた。何しろ、『卯月』なんて苗字は、そうそうあるもんじゃない。大体、間違えるなんてことはないんだから・・・
すると、おばさんの方も、
『確かに、うちも『卯月』ですけれど、お宅様のような家族はいませんけど。」
と、言ってきた。
そして、
「ちょっと、お父さん。来てくださいな」
と、鶴の一声。家に向かってそう叫んだ。
すると、俺と同じぐらいの身長だが、歳は60歳代ぐらいの初老の男性が玄関から現れた。
「ちょっと、聞いてくださいよ。この人が、ここを家だって言うんですよ・・・ちょっと頭がおかしな人なんでしょうかね?」
おばさんは、ちょと困った感じで、その男の人に話かける。
男の人は、顔つきは優しげだが、強い口調っで、こう言った。
「うちは、ここに住んでから30年、ずっとここにいるんだがね?」
どこかで、聞いたような声だった。それに、おばさんの立ち振る舞いも、どこかで見たことがある。しかし、二人共一貫して、ここは自分たちの家だと、主張してくる。
しかし、俺も負けているわけには行かない。なにせ、ローンで買った俺に間違えはない。4年前から住んできたんだから。
しかし、この人たちは30年前から住んでいると言っている・・・それに、同じ苗字だというし・・・どうなっているんだ?
俺は、頭の中でそのことばかりグルグル回って、どうしていいか分からなくなってきていた。
すると、
「何騒いでるの?」
と、聞き覚えのある声がした。そして、まさに嫁が出てきたではないか。
「桜!」
俺はすがる思いでそう叫ぶ。
しかし、返答は意外なものだった。
「え?桜って・・・お母さん、この人どちら様?」
嫁は、まるで他人のように俺にそう聞いてきたのだ。
「桜?!」
すると、おばさんが、
「桜は私ですけれど、あなた本当になんなんですか?」
俺は、飛び上がって驚いた。
そして、男の人が、こういったのだ。
「気味が悪いな、早くここから出て行ってくれないか!?」
俺は、敷地内をつまみ出されると、三人は家の中に入っていった。
「俺は・・・だれなんだ?!」
その時。
ピピピピピピピッ・・・・・!
凄まじい電子音が鳴り響き、俺は急に違う世界で、横になっていた。
「おはよう、はじめちゃん。朝ですよ~」
可愛らしく、満面の笑みで笑う嫁の顔が、そこにはあった。
「どうしたの?不思議そうな顔して?!今日は、買い物に連れて行ってくれるんでしょ?!」
「桜・・・?」
俺は、嫁の名をつぶやいた。
「なによ。改まって。さあ、朝ごはんできてるわよ。早くおきてよ!」
俺は、なにげに、周りを見渡すと、我が家の寝室にパジャマを着て横になっているようだった。
「夢・・・?!」
俺は、一人安堵していると、嫁が、
「今日はとても大事なことを話さないといけないの。朝顔はん食べてから話すから」
と、いつもより神妙に話しかけてきた。
戸惑っている俺に、
「もー、記憶喪失のマネ?面白くないよ」
と、ベッドから早く出ろと促していた。
そして、満面の笑顔で、俺の頬に優しくキスをしてくれた。
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