青木の話

ほんの三日前のこと。

ある街の離れたところに住んでいる、友人の青木が、ふさぎ込んでいるという風な噂を聞いた。

青木とは、それほど親しい訳ではなく、たまに飲み屋で会うと、一緒に飲む。それくらいの付き合いだった。

家も、山の方だったので、あまり人も寄り付かないところに1人で住んでいた。

最初は、私も、それほど気にはしなかったのだが、ふと、昔。私が腰を痛めていた時に、青木が見舞いに来てくれたことを思い出したのがえんで、渋々、重い腰をあげて見舞いに行くことにした。

菓子折りとも思ったが、飲み屋仲間だったので、安い焼酎を一本買ってきて、行くこととなった。

当日の日曜日の朝。朝早くから、妻は見舞金とその焼酎を私に持たせて「いってらっしゃいませ」と、送り出してくれた。

私の家から、青木の家までは、電車で30分程離れている。それから乗り換えて、バスで20分程ほど山の方へ向かう。私も流石に60歳代だから、ここまで来るだけでも、疲れてしまう。

しかし、だ。青木の家は、そのバス停からさらに10分程歩かなくてはいけない。いちお、帰りのバスの時間を確認して、青木の家を目指した。

バス停からの道をしばらく歩いていくと、すぐに左に曲がるところがあって、そこを上り終えたところが、青木の家だ。

一度だけ、青木家には、飲み仲間と来たことがあったので、道は知っていた。バス通りを待ってすぐ歩いて、その先を左に曲がって、坂を登って行ったところに青木の家があった。

青木の家は、旧家らしく、茅葺きの家だ。なかなかの風格がある。

私は、いつもの飲み屋での調子で

「おい、おるか?」

と、玄関先で叫んだ。

すると、しばらくして、玄関の引き戸がすーっと空いて、

「おるぞ・・・」

と、小さな声がした。青木だった。

「元気にしとるかと思って。ほれ、焼酎を持ってきてやったぞ。」

私は、玄関先で、見舞金と焼酎を青木に渡すと、ドスンと座って、一息ついた。

青木は、ニコニコと、少々やつれて、青白い顔をしていたのだが、嬉しそうに焼酎を眺めて、

「上がってくれ」

と、私を家に上がらせた。」

ほとんど何もない、静かな家に、テーブルだけがひとつ。ドンと、置いてあった。家具というものはほとんどない。あえて言えば、立派な仏壇があるぐらいだった。

「せっかくだから、飲んでいけ」

顔色は悪いが、青木は元気そうであったので、私も、持ってきた焼酎を一緒に一杯だけ、チビチビと飲んだ。

青木は嬉しそうで、いつもよりも話が弾んだ。青木もニコニコ終始笑顔だった。私は内心、(なんだ、元気じゃないか)と、肩をなでおろした。

そして、1時間ほどだろうか。話のネタもつき、コップも空になったところで、私は、青木の家をお暇することとした。

青木は、まだ寂しそうにしていたが、あまり遅れると、また妻にも怒られるのでと、言い訳をして青木の家を後にした。

帰り道、青木との話や、面影を思い出す。(大したことがなかったんだったら、わざわざ、見舞いなどに行かなくても良かったな・・・)と、思っても見たり、(いやいや、元気で良かった)などと思ったり、独りで自分を納得させるのに精一杯だった。

家に帰ったのは、昼少し過ぎた頃だった。

妻に、青木の話をすると、ちょっとだけ、小言を言われてしまったが、とにかく「ご苦労様でし」と言われた。私も、少し気分が良くなって、そのまま昼ごはんを食べて、ゴロンと横になって、疲れをとった。


その次の朝のこと。

私と妻は、顔を見合わせて新聞の小さな記事を読んでいた。

新聞には。あの青木の事が書いてあった。

そこには、昨日、青木が静かに息を引き取っていたことが書かれており、明日通夜とのことが書かれていた。

俺は、心臓が止まりそうになった。


はぜみ's ストーリーズ

こんにちわ、ハゼミです。 このHPは、私はゼミの書く、短編小説や、長編小説が載っているものです。 お暇なときやいつもの世界から離れたい時など、隠れ家的に来てくださると嬉しいです。

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